脳のマルチタスクが引き起こす
「次世代型の疲れ」
スマートフォンが普及し、誰にとってもインターネット環境が当たり前になったことで、想像を絶する量の情報が私たちの脳内に流入するようになりました。私たちがしばしば感じている、原因がはっきり分からない、得も言われぬ倦怠期は、この情報技術の革新と情報量の急増に人間の脳が追いついていないことによる「次世代型の疲れ」とでもいうべき可能性があるものです。
このような経験はありませんか?
・ 会議中に違うことを考えていて、名前を呼ばれてハッとしてしまう
・ 電車の中でスマートフォンを見ていて、気がついたら乗り過ごしそうになった
・ 失敗した体験の記憶が頭の中でぐるぐる回って、一日が過ぎてしまう
これらは、マルチタスクによる脳の疲れが原因かもしれません。「今この瞬間に注意を向けられていない」ことの表れなのです。言い換えると頭の中で考えている「想像の世界」に意識が飛んでいって、目の前のこと以外の異次元へトリップしてしまうようなものです。
たとえば「明日までにプレゼンの資料をつくる」は実にシンプルな思考ですが、「うまくできるかな?」「上司が納得するかな?」など未来のことを考えてしまいがちです。やるべきことはエクセルに数値を入れ、グラフを出すことなのですが、思考が広がりすぎて、脳内での情報処理はマルチタスクとなり、効率が悪くなってしまうのです。
では、「今この瞬間に注意を向けられていない」ことにどう対処すればいいのでしょうか。
おすすめは「適度な集中」です。別の言葉にするなら「注意を今ここに置く」といったところでしょうか。
言葉でいうと何やら難しそうですが、実はとってもシンプルなことを指しています。「注意」というニュアンスが分かりにくい場合は、「意識」に置き換えをしていただいても構いません。例えば、「そこの階段は危ないから注意してね」というとき、「そこの階段を意識してね」と言っても伝わりますよね。
注意という名の矢印を
コントロールする
あなたの注意は一方向ではなく、同時に様々な対象に向けることが理論上は可能です。
しかし、ここで気を付けなければならないことは、「私たちの注意の容量は有限である」ということです。マルチタスクとは、意識している物事の数だけ、注意の矢印を分割していることに他なりません。
矢印が色々なところに向かえば、その分たくさんのことを考えられて便利なようにも思えますが、実際には注意が同時に多方向に向いてしまうことで、一つ分の注意の質が低下し、作業効率が大幅に下がってしまうのです。
また、注意が色々な方に向かい、心ここにあらずの状態が頻繁に起こることで、未来や過去など頭の中で考えている世界に心を支配されがちになり、自分の「注意という名の矢印」をうまくコントロールできなくなってしまうのです。つまり、矢印の手綱を引く「主」がいなくなってしまうということです。
私たちは思っている以上に、自分の心や意識をうまくコントロールすることができないものです。
わかりやすい例が「感情」です。「イライラしたくて、イライラしている」という人はまずいないでしょう。誰もがイライラしたくなんかないけれど、心に余裕がないとイライラしてしまうものですよね。これは自分のイライラという感情をコントロールできていない表れといえます。それと同時に、自らの注意の対象をイライラする物事や考えに向けてしまっているという、注意のコントロール不足も生じています。このことから分かるように、自分の心や意識というのは思ったように操れるわけではないのです。
思考を正しく導くために
「気づく力」を身につけよう
一頭の暴れ牛を手なずけようと、必死になっているところを想像してみてください。
暴れ牛に、もし手綱がついていなかったらどうなるでしょうか? お手上げの状態になるに違いありません。
自分が思う通りの方向に進むためには、この暴れ牛を自分と同じ方向に歩かせるための働きかけが必要です。そのためには、「手綱」が欠かせません。
この牛を、私たちの頭の中に生じる「思考」に置き換えれば、手綱はまさに「注意をコントロールする能力」ということになります。
思考があちこちにさまよってしまい、本来取り組むべき物事に注意が向いていないと気づいたら、「今はこっちだよ」と気持ちが逸れていることに気づかせ、そっと正しい方向に誘導してあげる力です。
しかし、私たちはとても忙しい日々を、数多くの情報にまみれて送っています。注意散漫な状態に陥ると、「意識の主人」が不在になり、頭の中に入ってきたものに次々と心を奪われ、心の暴れ牛はどんどんと流されてしまいます。
この状態では何かに集中するということはできませんよね。そうならないためにも、この「気づく力」の大切さについて、多くの方に知っていただきたいのです。
「気づく力」を身に着けることでできるようになるのは、自分が知らず知らずのうちに想像の世界で作り上げたバーチャルな世界と、あるがままの現実の世界とを、クリアに切り分けられるようになるということです。そしてそれは、不安や恐れといったネガティブな感情による疲れを解消することにも大いに役立つのです。
「精神科医がすすめる疲れにくい生き方」(川野泰周)より
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