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「適度なお酒は脳に良い」説は本当?現役医師が徹底検証!

世界の最新医学論文から、現役医師の気になるトピックをお届けします。

Cheers, anyway.

暑くなってくると、美味しくなってくる、ビール。

TVCMでは夏商戦に向けて、夏の旬をビールで食らう、賑やかな場面が頻繁に映されています。

 

そこでひとつ警鐘を鳴らしておこうと思うのが、お酒と脳の関係。

よきBUSINESS LIFEを送るために、皆様方には、知識を踏まえた上での飲酒を是非おすすめしたいです。

 

飲酒は脳に好影響なのか、悪影響なのか

 

2017年6月、イギリスの権威ある論文誌であるBMJに、「飲酒の脳への影響」についての論文(BMJ 2017;357:j2353)が発表されたので、ご紹介します。

 

過去の研究では、「適度な飲酒は認知症のリスクを下げる」(Lancet 2002;357:281-6.)、「脳卒中の発生率が低下する」(N Engl J Med 1999;341:1557-64.)と、適度な飲酒と脳の関係を好意的に捉えるものもありました。果たして本当なのでしょうか。

今回ご紹介するのは、イギリス・オックスフォード大学のTopiwala氏らが「適度な飲酒は脳の構造や認知機能にとって好影響なのか、悪影響なのか」について、550人を対象に30年間に渡り観察・調査したものです。

福田1

(同論文より)

 

対象は平均年齢43.0歳の、アルコール依存のない550人の男女。そこから調査開始時に脳の構造異常がある場合、健康に問題がある場合など、研究に適さないと判断したケースを、23人除外しました。

 

結果の評価項目は、「構造的尺度」と「機能的尺度」。

「構造的尺度」は以下をMRIで評価します。

 

●海馬の萎縮(海馬は記憶や空間学習能力に関わる脳の領域。アルツハイマー病や認知機能低下の指標のひとつでもあります(Alzheimers Dement2011;357:263-9.など))

●灰白質の密度(脳には灰白質と白質という部分があり、灰白質は神経細胞の細胞体がある部分のこと。神経細胞は細胞体の部分と線維の部分があります)

●白質の微細構造(対して白質は神経細胞の神経線維がある部分のこと)

 

「機能的尺度」は以下を各スケールを用い評価しました。

 

●認知機能の低下

●短期記憶

●流暢性(言語の機能。前頭葉機能の指標のひとつ。前頭葉はアルコール乱用で侵されやすいという報告があります(J Neurol Neurosurg Psychiatry2001;357:104-6.))

 

まず、研究対象をアルコール摂取量で6つの群に分けました。

スクリーンショット 2017-08-08 午後0.39.26

福田2

(同論文より)

 

1 unitはアルコールにして8gを示します。

イギリスの首席医務担当官によるガイドライン(UK Chief Medical Officers’ Low Risk Drinking Guidelines 2016)では、飲酒量は14 units/週未満を勧めています。

14 unitsなら、アルコール度数5.2%のグラスビール4杯分、大きめのグラスワイン5杯分程度です。ちなみに、アルコール度数5%の缶ビール(350ml)だと、1日1缶で15.3 units/週になります。1日1缶でも推奨量をオーバーしてしまいます。

 

これらの群において、前述の「構造的尺度」「機能的尺度」を比べてみると、

 

●アルコールの摂取は、量が増えれば増えるほど海馬の萎縮をきたす可能性が高まる

●①飲酒をしていない群と比較して、⑥過度な飲酒の群<度数5%の缶ビール(350ml)を週に13.8缶以上>の海馬の萎縮リスクはなんと5.8倍。④中等度の飲酒<5%缶ビール(350ml)を週に6.4缶〜9.6缶>の群でも、海馬の萎縮リスクは3.4倍に高くなる

●②軽度の飲酒<5%缶ビール(350ml)を週に半缶程度(160ml)〜 3.2缶>の群は、①飲酒をしていない群と比較して、構造的にも機能的にも脳に良い結果をもたらすということはない

●5%缶ビール(350ml)を週に 3.2缶以上飲酒する、③④⑤⑥の群は、①飲酒をしていない群に比較し、語彙的流暢性の早期低下をきたす

 

ということがわかりました。

 

結論、あくまで本研究においては、

 

■アルコール摂取は、たとえ過度な量でなくとも、脳への有害性との関連がみられる

■適度な飲酒が脳に良い影響をもたらすということはない

 

というわけです。

 

心臓病・ガン・死亡リスク等への影響は?

 

アルコールの影響について他の研究を調べてみると、以下のものがありました。

 

●スウェーデンで79,019人を12年間調査した研究。飲酒していない群と比較すると、少量のアルコール摂取(週7〜14杯/週で7%、15〜21杯/週で14%、22杯以上で39%)も心房細動(不整脈)になるリスクが上がる(J Am Coll Cardiol. 2014;64(3):281-289.)※1杯はアルコール12g(5%ビール240ml)

●英国で50歳以上の男女を対象にした研究。少量の飲酒をする群は、飲酒をしない群に比べ死亡リスクが下がるが、これは65歳以上の女性に特徴的であり、他の年齢、性別層では、非飲酒に比べ飲酒が良いという確証はない(BMJ 2015;350:h384)

●ハーバード大学医学校で調査した研究。軽度、中等度の飲酒も、男女で全癌リスクをわずかに増加させる。例えば女性では5〜14.9g/日のアルコール摂取でもアルコール関連癌(乳癌など)のリスクが14%増える(BMJ 2015;351:h4238)

●英国ビッグデータを活用し、約194万人を対象にした研究。適度な飲酒量(男性 21 units/週・女性14 units/週)と比較して、これを超える量を飲酒した場合、不安定狭心症(33%↑)、心筋梗塞(32%↑)、心臓突然死(56%↑)、心不全(24%↑)、脳梗塞(12%↑)のリスクが増した(BMJ 2017;356:j909)

 

まとめ:結局、お酒は飲んだらダメなのか?

 

以上より、大まかにまとめると、


●中等度の飲酒(目安:5%ビール350ml/日程度)でも、海馬萎縮と関連している

●「適度な飲酒は脳に良い」という説は見直す必要がある

●適度な飲酒の効果があるとしたら、65歳以上の女性限定かもしれない

●軽度の飲酒(目安:5%ビール350ml 5缶/週程度)でも、言語能力(語彙的流暢性)や、心房細動(不整脈)の発症、アルコール関連癌(乳癌など)との関連が示されている


ということです。

 

では結局、どうすればよいのか。

 

正しい知識を身につけそれを更新していき(医学はどんどん新しくなるので、古い知識は間違っていることもあります。この記事も数年後には嘘になっている可能性が0ではないのです)、「現時点での正しい知識」を踏まえた上で、毎日の食事や睡眠、生活習慣に生かす。私の考えとしては、これが妥当かと思います。

 

人生を自分でマネジメントするなかで、(犯罪や他者に悪影響がなければ)何を選択するかは自分の自由です。そこに、正しい認識があるかどうかが、大事だと思います。

 

 

私は今日、ビールをコップ1杯(200ml程度、アルコールにして10g程度でしょうか)、選択しました。

夏の暑さも、有限です。秋が来る前に、冷たいビールで夏を味わいました。

 

福田芽森 Fukuda Memori
慶應義塾大学病院 循環器内科勤務。東京女子医科大学卒、循環器内科5年目。日本医師会認定産業医、ACLS(アメリカ心臓協会二次救命処置)インストラクター、JMECC(日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会)インストラクター。高校時代にアメリカ、大学時代にベルギーに短期留学。趣味は登山、弓道(三段)、芸術鑑賞、海外旅行。

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