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健康志向の高いセレブやビジネスマンがこぞって実践している食事法、「グルテンフリー」。モデルのミランダ・カーがダイエットの面から火をつけ、プロテニスプレイヤーのノバク・ジョコビッチが体調コントロールとして取り入れたと自著で語ったことで爆発的に広まり、米国のグルテンフリー市場は今や数十億ドルにものぼると言われます。
特に日本ではジョコビッチの著書「ジョコビッチの生まれ変わる食事」の大ヒットで「グルテンフリー」を知った方が多いでしょう。試合を棄権するほどの絶不調であった彼が、グルテンフリーにより「神経はさらに研ぎ澄まされ、かつてないほど活力がみなぎるように」なり、「4大グランドスラムを制覇し世界ランキング1位になった」という輝かしいストーリーは、世間に物凄いインパクトを与えました。
しかし、この劇的な変化はジョコビッチ本人が「小麦」と「乳製品」にアレルギーを持っていたからこそなのです。ジョコビッチは著書の中で、血液検査を行ったところ「小麦」「乳製品」のアレルギー反応が陽性であったと書いています。「小麦」にはグルテン(を生成するたんぱく質)が含まれており、グルテンフリーの食生活をすれば結果的に小麦を避けることになるため、体の調子が良くなっていくのは理にかなっています。
そこで、今回は下記目次に沿って「グルテンフリー」について書いていきます。
<目次>
1.「グルテン」はよくないもの?
2.グルテン関連障害の人はどのくらいいる?
3.グルテンフリーが向かない人とは?
4.グルテンフリーと心血管リスク
5.グルテンフリーは腸内細菌のバランスを崩す?
6.やみくもなグルテンフリーダイエットは要注意!
7.まとめ-グルテンフリーは健康にいいの?
「グルテン」はよくないもの?
そもそもグルテンとはなにか。
グルテンとは、小麦やライ麦などの穀物から生成されるたんぱく質の一種で、小麦に水を合わせ加工してパンや麺類をつくる過程で生成されます。パンをふっくらと膨らませたり、麺にもちもちした食感を与えているのは、このグルテンです。
そして、このグルテンによって、体の不調を引き起こす病気があることも確認されています。
これらの病気を総称して、「グルテン関連障害」と呼び、
①自己免疫系
②非自己免疫・非アレルギー系
③アレルギー系
に大別されます。代表的なものをそれぞれ下記に挙げてみました。
<グルテン関連障害の分類と疾患例>
①自己免疫系:「セリアック病」
②非自己免疫・非アレルギー系:「非セリアック・グルテン過敏症」
③アレルギー系:「食物アレルギー」
この中で、ジョコビッチ選手は前述のように血液検査で小麦に対するアレルギー反応が陽性であったので、③に該当するでしょう。
①のセリアック病は、グルテンに対する異常な免疫反応で腸の粘膜が障害され、十分に栄養を吸収できなくなってしまう病気です。腹痛や下痢、便秘などの症状を起こします。血液検査や内視鏡検査で診断され、治療はグルテンフリー食です。
この「セリアック病」である人が、グルテンフリーを実践すれば勿論、体調は良くなるでしょう。
②は2012年に提唱された病名であり、①でも③でもないことが必須で、かつグルテンと体の不調の関連が、決められたプロトコルで明らかにされるものです。
(BMC Medicine (BioMed Central, Springer Nature) 2012 (10:13).)
確かに、上の①〜③に該当した場合、グルテンフリーは体に良い効果をもたらすかもしれません。
グルテン関連障害の人はどのくらいいる?
では、人口に対するそれぞれの割合はどれくらいなのでしょうか。
報告が少なく対象人数も様々ですが、
①「セリアック病」
- アメリカ人の141人に1人(0.71%)がセリアック病であった(American Journal of Gastroenterology. 2012;107(10):1538–1544.)
- 全米健康栄養調査の22,278人のデータを解析したところ、2009年〜2010年では対象者のうち0.7%、2011年〜2012年では0.77%、2013年〜2014年では0.58%であった(JAMA Intern Med. 2016 Nov 1;176(11):1716-1717.)
- 日本人において、内科疾患患者719人のうち5人(0.7%)、健常者95人のうち0人がセリアック病であった(アレルギー 55(8/9): 1116-1116, 2006.)
- 日本の過敏性腸症候群の患者172人と、対照群190人を調べた結果、真のセリアック病は0人であった(J Gastroenterol. 2014 May;49(5):825-34.)
- 日本人で慢性腹部症状のある患者34例においてセリアック病の診断基準を満たすものはいなかった(日本消化器病学会雑誌 113(suppl-1): 62-62, 2016.)
② 「非セリアック・グルテン過敏症(NCGS)」
- 米国国民栄養調査で2009年〜2010年の7,762人の被験者のうち49例(6%)にNCGSの疑い(Scand J Gastroenterol. 2013;48:921–925.)
- 米国メリーランド大学での調査で2004年〜2010年の間に観察された5,896人のうち、347人(6%)にNCGSの基準が満たされた(BMC Med. 2012;10:13.)
- イタリアでの報告で、セリアック病と非セリアック・グルテン過敏症の人の比率は15:1であった(BMC Med. 2014 May 23;12:85.)
③「食物アレルギー」
- 日本の食物アレルギー有病率は全年齢を通して推定1〜2%程度、フランスで3〜5%、アメリカで5〜4%に認めると報告あり。また食物アレルギー患者2,954人における原因食物として、小麦は12%であった(厚生労働科学研究班「食物アレルギーの診療の手引き2014」)
以上をかなりおおまかにまとめると、
全人口に対する割合は
①セリアック病が0(ごく少数)〜0.7%
②非セリアック・グルテン過敏症(NCGS)が0.6〜6%
③食物アレルギーが0.2%程度(日本人において)
でしょうか。
この中に自分が当てはまれば、もしかしたら、グルテンフリーによって体の不調が改善されるかもしれません。
グルテンフリーが向かない人とは?
しかし、この「グルテンフリーブーム」に警鐘を鳴らす研究もあります。
2017年5月、イギリスの権威ある学術誌に、「セリアック病でない人にはグルテンフリーは推奨されない」というリサーチニュースが出ました。(BMJ 2017;357:j1892)
まず前提として、前述の「セリアック病」にはグルテンフリーは効果があり、その効果の一つとして「冠動脈疾患(心筋梗塞など)のリスクを減らす」という研究報告もあります(Circulation. 2011;123:483-490)。しかし、近年のグルテンフリーの大ブームによって、セリアック病でない人もグルテンフリーを実践していることがアメリカでの健康栄養調査でわかっています(JAMA Intern Med. 2016 Nov 1;176(11):1716-1717.)。
セリアック病でない人にとってグルテンフリーは本当にいいものなのか?
その疑問に対する一つの解答がこの論文なのです。
米国の研究者チームは、看護師健康調査に登録された64,714人の女性と、医療従事者追跡調査に登録された45,303人の男性について、グルテン摂取量と冠動脈疾患の関連を、1986年〜2010年の間観察し、分析しました。
セリアック病の診断を受けている人は除外し、グルテン摂取量で5群に分け、冠動脈疾患の発症率をみてみると、
●グルテン摂取量が最も低い群は、100,000人年で352人の発症
●グルテン摂取量が最も多い群では、100,000人年あたり277人の発症
という結果でした。
すでに分かっている冠動脈疾患のリスク(BMIや喫煙、血圧、脂質異常症など)を調整しても、グルテン摂取量と冠動脈疾患には統計学的な関連は見られませんでした。
セリアック病でない人においては、グルテンを摂る量を減らしても、冠動脈疾患のリスクは減らないのです。