グルテンフリーと心血管リスク
一方、被験者の回答により、グルテンの主な摂取源は、パン(全粒粉)、パスタ、シリアル、パン(精白粉)、ピザでしたが、これらの製品の元は「全粒穀物」と「精製穀物」として分けることができます。そして、被験者のグルテン摂取量は「全粒穀物摂取量」、「精製穀物摂取量」に偏ることなく、それぞれ適度に相関していました。
ここで「精製穀物」の摂取量を統計学的に補正する(影響を取り除く)と、意味合い的に「グルテン摂取量の違い≒全粒粉摂取量の違い」とみなすことができます。
そして、この補正を行い分析した結果、「グルテン摂取量が最も多い群は、グルテン摂取量が最も低い群に比べ、冠動脈疾患発症のリスクを15%下げる」ことも分かったのです。
全穀穀物が冠動脈疾患の発症リスクや、心血管死亡率を下げることは、過去のいくつかの研究でも明らかになっています(BMJ2016;357:i2716., JAMA Intern Med2015;357:373-84.)。
以上をふまえて、この研究の著者では、「グルテンフリーは本来有益であるはずの全粒粉摂取量を下げてしまうことにつながり、心血管リスクの観点からは推奨されない」としています。
グルテンフリーは腸内細菌バランスを崩す?
もう一つ、「セリアック病でない人にとってグルテンフリーは悪影響である」可能性を示す研究があります。対象人数が非常に少ないため、説得力が強いとは決して言えませんが、参考に挙げておきます。
研究者らはセリアック病ではない、健康的な平均年齢約30歳の男女10人にグルテンフリーを1ヶ月間実践させ、前後の腸内環境について分析しました。
すると、「グルテンフリー実践後はビフィズス菌や乳酸菌などの有用な腸内細菌が減り、免疫機能が下がり、大腸菌などの有害な腸内細菌の異常増殖が起こっていること」がわかりました。(Br J Nutr. 2009;102(8):1154-60)
「グルテンフリーの悪影響」といっても、この研究では実際に何らかの病気の発生率をみるまでには至っていませんし、今後の研究の発展が待たれます。
しかし、ひとまず盲目的な「グルテンフリー」への警鐘として、頭の片隅に置いておいても良いでしょう。
やみくもなグルテンフリーダイエットは要注意!
そもそもグルテンフリーは「特定の原因による吸収不良の人が、吸収が良くなるようになるための食事治療法」であり、むしろ低栄養から栄養状態を良くするもの。痩身、ダイエットのために開発された食事方法ではないのです。
グルテンフリーを実践すると、パンや麺類、スタイルでいえばファーストフードなどを避けることになり、結果的に体重が減っていたということはあるでしょう。もしあなたが普段から過剰に炭水化物やファーストフードを摂取していて、ダイエットをしたいのであれば、グルテンフリーという流行を用いることは良い手法といえるかもしれません。
しかし、グルテンフリーを固く守ることで必要な栄養分がとれず、前述の論文のいうように心臓病のリスクをあげてしまう可能性を考えると、やみくもに勧められるものでもありません。
特に育ち盛りの子供や、ご高齢の方など、栄養が必要な方には、もっとも勧められないでしょう。
まとめ-グルテンフリーは健康にいいの?
まとめると、
- グルテンフリーは、セリアック病や小麦アレルギーなど、特定の病気の人には効果があるが、それ以外のほとんどの人には体によい証拠はない
- セリアック病でない人がグルテンフリーを実践しても、冠動脈疾患のリスクが減るどころか、全粒粉摂取量の低下によりむしろリスクを増やす可能性もあり、勧められない
- セリアック病でない人がグルテンフリーを実践すると、かえって腸内の健康状態を悪くしてしまう可能性がある
- グルテンフリーは痩身のための食事法ではなく、むしろ栄養バランスを崩す可能性がある
ということ。
下痢や便秘、腹痛などの腹部症状に長年悩んでいた人が、グルテンフリーの実践によってすっかり悩みが解決したのであれば、私はそれを否定しませんし、もしかしたらグルテン関連障害であった可能性もあるでしょう。
しかし、グルテンフリーによる弊害や、栄養バランスが崩れてしまう可能性があることなどを考えると、もし本当にグルテン関連障害が疑われるのであれば、医療機関でちゃんと診断を受けることをお勧めします。
流行にとらわれすぎず、今の時点での正しい情報を身につけ、自分に合った「食」を楽しんでいただければ、幸いです。
慶應義塾大学病院 循環器内科勤務。東京女子医科大学卒、循環器内科5年目。日本医師会認定産業医、ACLS(アメリカ心臓協会二次救命処置)インストラクター、JMECC(日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会)インストラクター。高校時代にアメリカ、大学時代にベルギーに短期留学。食育アドバイザー、野菜ソムリエの資格も持ち、生活習慣病予防の観点から食育活動も行っている。趣味は登山、弓道(三段)、芸術鑑賞、海外旅行。