――――岩崎 一郎
集中力、記憶力、判断力etc…「脳」の力なくして仕事はできません。脳機能を高めることができれば仕事のパフォーマンスがアップすることは言うまでもないでしょう。そこで、『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか?』(クロスメディア・パブリッシング)の著者にして脳科学者・医学博士である岩崎一郎氏に、健康経営・社員の生産性向上に役立つ「脳を鍛えてパフォーマンスを高める方法」、さらに「効果的な脳の休め方」についてお聞きしました。
仕事ができる人とできない人の違いとは?
——仕事ができる人とできない人では、脳の使い方にどんな違いがありますか?
まず、「仕事ができない人」とは本当に存在するのでしょうか。
人間には、それぞれ自分の人生の中で鍛えてきた脳の回路が誰にでもあるはずです。それをうまく生かせているか?ということが、「仕事ができる・できない」を判断する大切なポイントになります。
たとえば、アメリカのある視覚障害者の方は、耳から入ってくる音だけで自分の周りに何があるのかを間違いなく言い当てることができます。(この実験の詳細は、『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか?』Chapter4-07をご覧ください。)
この人に「字を見て仕事をすること」を頼むのは難しいでしょうが、「音に関する仕事」では、人よりも圧倒的に優れた力を発揮できることでしょう。
この例は、ちょっと極端かもしれません。しかし、人には必ず自分の人生の中で鍛えられた脳の回路、すなわち”隠された才能”があるはずです。それを活かすことができれば、「仕事ができない」という状態はなくなるはずです。
脳のアクセルを活性化させる「目的論」的な視点
——では、どうすれば”隠された才能”を活かすことができるのでしょうか?
目的論的な視点を身につけることです。
「目的論」とは、現在起こっていることには何らかの「目的」がある、という考え方。”未来”へ意識が向いているので、現状を改善する方法を考えることができます。これとは逆に、何らかの「原因」のせいで現在がある、という”過去”にばかり意識の向いた考え方を「原因論」と言います。このような考え方は脳にブレーキをかけてしまいます。
上司やリーダーに当たる人が原因論的な見方をしていると、脳にブレーキがかかり、部下は才能を十分に発揮できないことになります。逆に、目的論的な見方ができると、脳のアクセルが活性化し、鍛えられた脳の回路を活かせるようになります。
目的論的な視点を身につける方法の1つとして、『美点凝視』があります。美点、つまり人のいいところ・物事のプラスの面にじっと目を向けるということです。何事もプラスの面を見抜き、それを生かす方向で捉えられるようになると良いですね。
自分は十分に才能を発揮できていないと思う方や、周囲の人の才能を生かせていないと思う方は、目的論的な見方ができるように脳を鍛えましょう。
集中力、判断力…脳機能を高める「マインドフルネス」
——ビジネスパーソンに向けて、仕事に必要な脳機能の高め方を教えてください。
最新の脳科学の研究から、「マインドフルネス」で『集中力』を含むいろいろな脳機能を高められる、ということがわかってきました。マインドフルネスとは、瞑想などの手法によって「今、この瞬間」だけに意識を向けること。多すぎる情報や雑念を取り除き、心の中を空っぽにすることを目指します。このマインドフルネスの習慣を日々の生活に取り入れるとよいでしょう。
大手IT企業のグーグルをはじめ、いろいろな米国企業がマインドフルネスを社員教育に取り入れ始めています。マインドフルネスのトレーニングをすることで、注意散漫状態が少なくなり、集中が深くなるのです。
人の脳は一日の半分を注意散漫状態で過ごしている、ということが脳科学の研究から明らかになってきています。自分で注意散漫と集中の状態を切り替えできるようになると、集中力が高まり、時間を有効に使えるようになります。
——集中力を高める以外にはどんな効果があるのですか?
マインドフルネスのトレーニングは、『記憶力』に関する海馬を成長させる作用もあることがわかっています。
また、『判断力』を高めるためにも有効です。判断ミスをするのは、雑念のような余計な考えが浮かんでしまうためです。人の脳は「自分」を中心にして判断をする特性がありますので、本人はよい判断をしているつもりでも、普段から雑念が浮かびやすい脳になっていると、判断ミスが起こりやすくなります。マインドフルネスによってこの特性から脱却すると、的確な判断ができるようになってきます。
有酸素運動で脳細胞を増やす!?
——そのほかに脳に効くトレーニングがあれば教えてください。
「ポジティブなセルフトークの習慣」を身につけることでも、脳が活性化します。セルフトークとは、文字通り自分自身に語りかけている言葉のこと。「大丈夫、絶対にできる」「今、集中している」など、意識的にポジティブな言葉を語りかけるようにしましょう。
「感謝の習慣」を身につけることも有効です。ハーバード大学のラザー博士の研究によれば、感謝のワークをし続けると、意志力に関わる前頭前野の脳細胞が1年あたり4千万個増えることがわかっています。また、カリフォルニア大学のエモンズ博士による研究からは、『感謝日記』をつけることで、心身の調子や人間関係が良好になるということが明らかになっています。
また意外に思われるかもしれませんが、「有酸素運動」には脳細胞を増やす効果があることがわかっています。忙しくてなかなか運動の時間を取れないという人は、普段のちょっとした移動を小走りにする、早歩きにする、などの習慣を取り入れるようにしましょう。
そのほかにも、信頼できる人間関係を構築する、いつも前向きでいる、変えられないことを受け入れる、人生の目的を持つ、自己信頼する、等があります。(詳しくは『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』をご覧ください。)
効果的に脳を休める4つの方法
——では最後に、使いすぎた脳を上手に休める方法を教えてください。
上手に脳を休めるためには、次の4つの方法がいいとされています。
1) 決断するのをしばらくやめる。
決断するというのは、思いの外、脳に負担をかけます。しばらくの間、決断しないという時間を取ってみることで脳を休めることができます。
2) 運動をする。
20分ほど、身体を動かすだけで、身体中の血行がよくなり、脳の血の巡りもよくなります。このことが、脳をリラックスさせるとともに、活性化を推進してくれます。
3) 緑を眺める。
脳は、想像以上に環境から影響を受けます。たとえば、散らかっているオフィスなどの乱雑な環境にいると、前頭前野に必要以上の負担をかけてしまいます。その反対に、林や森の中など、緑の木々を眺めることで、脳をリラックスさせることができます。このように環境は、脳に大きな影響を与えているので、それを活用することで脳をリラックスさせられるのです。
4)休暇を取る。
もし数日間の休暇が取れるようであれば、気持ちのよいビーチで寝そべるとか、森林浴に出かける等の、“何もしないこと”で脳を休めることができます。
脳細胞の神経伝達の研究に従事する一方で『稲盛哲学』の実践が人生を好転させることを経験し、脳科学的裏付けを行う。『集合知性』が社員の能力を最大限に引き出すという信念の下、帰国後、『心のかよい合うコミュニケーション』を支援する会社を設立。リーダー養成・チームビルディング・フィロソフィ浸透などの講演・研修・コンサルティングを提供。