「歳を取ると記憶力が落ちる」と思っている人は、多いのではないでしょうか。認知症のような病気で記憶に障害が起きることがありますが、とくに病気ではなく健康な場合にも、「老化=記憶力の低下」と世間では考えられているようです。
それは本当でしょうか。この年齢と記憶の関係について、研究結果から明らかにしていきましょう。
◉思い出す力の低下
まず、思い出す力について見てみましょう。実験をひとつ紹介します。
被検者を年齢ごとに分けて記憶力を比較する実験をおこないました。まず、単語のリストを記憶するように指示されます。その後、2種類の課題でどれくらい記憶ができるか確認します。
1点目は再認課題で、記憶をするよう指示された単語リストとは別の単語リストがあり、その単語リスト内の単語が記憶したリストにあったかどうかを判断します。
もうひとつは再生課題で、記憶したリストにあった単語を順番に書き出すというものです。
結果は、再生課題では年齢が高くなるにつれて成績が悪化しましたが、再認課題では年齢が上がっても成績にほとんど変化はありませんでした。
再認課題に大きな変化はないのに再生課題の結果が悪くなってしまうのは、若年層に比べて覚えるときに思い出す手がかりとなるヒントを自動的につくる能力がだんだんと衰えてしまっているからだと言えます。
これは、記憶するときのプロセスによってカバーできます。思い出しやすいかたちで記憶することや、思い出す訓練をすることが大切です。
加えて、年齢を重ねるほどすでに記憶していることが多くなるというアドバンテージを利用することもできます。単純に記憶するのではなく、すでに記憶していることを活用して覚えるようにするのです。
先の実験では、記憶対象がただの単語のリストなのであまり工夫のしようがありませんでした。しかし、実際の生活では新しいことを記憶するときに、これまで自分が記憶してきたものと関連づけたり、自分がすでに覚えていることとの組み合わせで説明してみたりすることで、年齢に伴う衰えをカバーできます。
◉短期記憶力の低下

もうひとつ、加齢による影響でわかっているのが、短期記憶力の低下です。先ほどの例は長期記憶に関する研究でしたが、短期記憶に関しても研究されています。
提示された文字列を復唱するという課題で、復唱できる文字数について年齢ごとに比較する実験では、50代以下は6.5~7個程度を復唱できたのに対して、60代、70代では5.5個程度となりました。高齢になるほど短期記憶の性能が低下すると言えます。
一般的に短期記憶のチャンク数は7±2個ほど保持できると言われています。この実験では、20代から50代まででは年齢による差はほとんどありませんでしたが、60代、70代の人はチャンク数が1個ほど減少していることになります。
ただし、これに関しても実験と実生活での違いがあります。実験では、並べられた文字をただ暗記することが求められましたが、実生活ではただ文字をたくさん覚えないといけない状況はあまりありません。むしろ、より複雑なものを扱うことのほうが多いでしょう。その場合には、扱えるものの数の少しの差よりも、どういう単位で物事を扱えるかのほうがより重要になります。
短期記憶は、ひとつのチャンクとして扱えるものの粒度と扱えるものの数の積で容量が決まります。
つまり、短期記憶の力を維持向上させるためには、そもそもの記憶量を増やして、ひとつのチャンクとして扱えるものの種類を増やしておくことが重要です。これまでの記憶量は言うまでもなく長生きしているほうが多くなるので、そのアドバンテージを活用しましょう。
今回は「歳を取ると記憶力が落ちる」のか、実際の記憶力から見てきました。
しかし、純粋な記憶力以外の要因も記憶力が低下したと思わせる原因になります。後編ではそのことについてお話ししましょう。
『記憶はスキル』(著:畔柳圭佑/くろやなぎ・けいすけ)より
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