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忘れた記憶はどこにいく?

 記憶のしくみにおいて、新しいものを覚えることと同じくらい重要なもうひとつのテーマが「忘却」です。

 いったん覚えたものが思い出せない。それは、記憶がなくなってしまうことなのか。それとも、思い出せないだけなのか。

 これまでの研究では、残念ながら根本的に記憶自体が消え去ってしまうこともあるとされています。一方で、単純に思い出せないだけのことも多いという実験結果もあります。

 忘れたときには、本当に情報がなくなってしまった場合と思い出せないだけの場合、どちらのケースもあると考えるのが自然です。

 ところで、忘却に関する研究で有名なのが、ヘルマン・エビングハウスの忘却に関する実験です。記憶に関する書籍や記事でも引用されることが多いので、聞いたことがある人も多いでしょう。

 文字を羅列しただけの意味のない単語を記憶し、一定期間経ったあとに忘れたものをどれくらいの期間でまた習得できるかを調査しました。 その結果、一度習得したものは、忘れたとしても再び学習をするときの再習得にかかる時間が短くなっていくことが明らかにされました。

 つまり、思い出せなくなった場合でも、その情報が脳のなかからなくなるわけではなく、一定の期間内であれば、はじめよりも短時間で再び記憶した状態にできるのです。

 アルツハイマーのマウスを用いて、記憶が蓄積されているかどうかを確認した実験もあります。アルツハイマーというのはつまり、長期記憶に障害がある状態です。

 マウスに実験箱に入ると弱い電流が流れてピリッと痛むという体験をさせた場合、普通のマウスであれば嫌な体験を思い出して、次にその実験箱に入るときに足がすくんだり、実験箱から逃げ出そうとしたりします。

 一方、アルツハイマーで長期記憶ができない状態だと、以前の嫌な体験は忘れているので、逃げ出そうとする反応は出ないのが普通です。

 ところが、アルツハイマーのマウスの脳を刺激することで、強制的に嫌な経験を思い出させ、長期記憶ができたかのような行動を取らせることができました。

 これは、アルツハイマーによって思い出せるかたちで長期記憶を形成できなくなっている状態でも、情報自体は脳のなかに保存されていることを示しています。

 記憶という観点からすると忘却は憎き敵のようなものですが、「忘却」してしまってもまったくの無意味にはならずに済みそうです。

忘れたい記憶のなくす方法は?

 とはいえ、人生においては忘れてしまいたいこともあるでしょう。

 大きな失敗、命にかかわるような怖い体験……。忘れたいけれど忘れられずに苦しむ人もいます。

 ラクに記憶する方法があるのなら、忘れたい記憶をなくす方法もあるはずです。ここで一つ紹介しましょう。

 「再固定化」という記憶の仕組みを利用する方法です。

 一度記憶したものを思い出しているとき、記憶自体が不安定になります。そして、再び記憶として残ることを「再固定化」といいます。

 たとえば、大勢の前でスピーチに失敗したときのことを思い出すとき、その記憶はいったんあやふやな状態になります。

 そのときに、失敗したときと同じような不安な気持ちや「自分はもうおしまいだ」といった恐怖心を持ったまま思い出すのをやめると、不安な気持ちや恐怖心がそのまま再固定化され、より強固な記憶となってしまいます。

 ところが、記憶を思い出したときにリラックスした状態であることで再固定化を阻止できる、という研究があります。

 このしくみは、トラウマの解消に利用できます。「自分は安全だ」と思える状態でリラックスして恐怖体験を思い出すことで、強烈な記憶が薄れていき、忘れられるのです。

『記憶はスキル』(著:畔柳圭佑/くろやなぎ・けいすけ)より

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