普段何気なく耳にしている「天気予報」。実は、わずか数分のコーナーで簡潔に情報を伝え、受け手に活用してもらうために、さまざまな工夫がこらされているという。現役気象キャスターにしてスピーチトレーナーの石上沙織氏に、「ビジネスでも役立つ、簡潔で印象に残る伝え方のコツ」を教えてもらった。
すべては“テーマを絞る”ことから始まる
「5月としては異例な暑さに」「広い範囲で雷雨のおそれ」「朝と日中の気温差大」
-これらは全て、私がインターネットのYahoo!ニュース向けに書いた天気の解説記事のタイトルです。前回のコラムでも書きましたが、私たち気象キャスターは、数ある情報の中から取捨選択し、“何を伝えるのか”というテーマを決めて、天気予報を伝えています。そしてより多くの人に興味を持ってもらえるよう、キャッチーなタイトルをつけて載せています。
私は原稿を書くときも、テレビやラジオ、インターネット動画で話すときも、“テーマを絞ること”を念頭において伝えることを意識しています。「きょうのテーマはこれだ!」と決めて、そのテーマから外れないように、大筋の流れを決めていくのです。テーマに合った内容は深掘りして伝える一方、その日のテーマにそぐわない内容については、思い切って捨てるようにしています。
たとえば「5月としては異例な暑さ」というテーマなら、「どれくらい暑いのか」「どこで暑くなるのか」「暑さで注意したい点は何か」など「暑い」ことが記事の中心となります。
上の写真は、私がラジオで天気を解説するときのメモです。この日のテーマは「梅雨の晴れ間」。確実にそれを伝えるため、「晴れる」「洗濯日和」「暑くなる」などの情報を入れて構成しています。情報はテーマを伝えるための材料なのです。
テーマを見つけるには、どうするか
ただ、伝えたいテーマを簡単に見つけられることもあれば、そうでないこともあります。
天気予報でも「台風」「大雨」「猛暑」「雪」など、伝えたいことがはっきりしている日は、あまり迷うことはありません。晴れていて、暑くも寒くもない―いわゆる「穏やかな天気の日」こそ、私たち気象キャスターは「何を伝えたら良いのか」頭を悩ませます。
そんなときこそ、「相手」のことを考えます。私たちにとって「相手」とは、視聴者やリスナーのこと。相手が「誰」で「どんな状況」で「どんなことを求めているか」を考えてみるのです。
同じ天気でも、「相手」が変われば「伝え方」は変わります。
たとえば「日中は晴れるけど、夜遅くには雨が降り出す」といった天気の日。主婦向けに伝えるなら「日中は晴れる」ことにフォーカスするでしょう。洗濯物を干したいのではないか、と考えるからです。同じ天気でも、相手がビジネスパーソンなら「夜遅くには雨が降り出す」ことを重点的に伝え、雨具を持って出かけることを勧めます。
気象キャスターとして伝えるときは、目の前に相手=視聴者やリスナーがいると考え、相手がどんな情報を求めているかを考えてテーマを決めていくのです。
アピールしすぎると印象に残らなくなる
“テーマを絞る”スキルは、ビジネスシーンでも使うことができます。
たとえばあなたが営業担当なら、自社の商品やサービスのセールスポイントについてテーマを絞ってみましょう。「低価格」がセールスポイント=売りたいテーマならば、「どれくらい安いのか」「他と比べてどの程度安いのか」「なぜ安いのか」ということに絞り、深掘りして伝えることができるでしょう。テーマを絞って伝えることで、伝えたいことがより際立つようになります。
また、私は就職活動中の学生や転職活動中の人向けに「伝え方」のセミナーを開くことがあります。就職・転職活動は、自分という人間をプレゼンする場。アピールしたいことが多すぎて、情報を詰め込みすぎてしまう…そんなケースがよく見られます。
しかし、企業側からすると、情報を多く伝えてきた人ほど印象に残りません。「たくさんアピールしていたけれど、結局どんな人だっけ?」と思われてしまうのです。
そんなときこそ、自分がアピールしたいポイントのテーマを絞っていきましょう。その際、「相手(企業側)が何を求めているか」もきちんと考慮することが必要です。
たとえば、スピード感が重視される仕事の場合。企業が求めているのは、「行動力」や「フットワークの軽さ」でしょう。自分のアピールポイントのテーマを「行動力」に絞り、「なぜ行動力があるといえるのか」「具体的にどんな行動力があるのか」「行動力の源は」など、深掘りしていくのです。それ以外の情報は、思い切って捨てる勇気を持ちましょう。すると、企業側にも「行動力について語ってくれた人だな」と、印象を残すことができるはずです。
普段からできる「簡潔で、印象に残る伝え方」の練習
“テーマを絞って伝える”ことは、普段の会話から練習することができます。
たとえば、最近読んだ本やオススメの映画について、テーマを絞って伝えてみましょう。漠然と「あの本、面白かったよ」というのでは、相手にあまり響きません。「あの本、ものすごく斬新だよ」と“斬新”というテーマを打ち出し、いかに斬新だったかという情報を伝えた方が、相手は興味深く聞いてくれるのではないでしょうか。
このように“テーマを絞って伝える”ことは、プレゼンやスピーチ、就職・転職活動などビジネスシーンのみならず、プライベートにも使えます。まずは身近な人を相手に“テーマを絞って伝える”練習を是非してみてください。