もっと相手への影響力を高めれば、相手は動いてくれるはず・・・
そんなふうに考えているなら、ちょっと待ってください。
相手に影響を及ぼす前に、大切な下準備が必要なのです。
投げやりなお父さんを変えたもの
Hさんは30代の女性です。
Hさんのお父さんは、70代後半で足腰が弱り、半年ほど前から車埼子の生活が続いていました。
医者からは、まだ歩ける可能性があると言われているものの、お父さんはリハビリを続けることが苦痛で、半ば投げやりな取り組みが続き、いつしか止めてしまっていました。
H さんは、若い頃あんなに活動的で、工ネルギー溢れる人だったお父さんが、年老いて、毎日を力なく生きている姿を見るのが辛かったと言います。そのため、忙しい仕事の合間を縫って、お父さんのいる施設にできるだけ赴き、リハビリを再開することを勧めました。
しかし、お父さんの投げやりな態度は続き、何度も口論にまでなったそうです。
そして、その度に、寂しさとやるせなさが募っていました。
それでも何とかお父さんの役に立ちたいと、Hさんが学び始めたのが、コーチングでした。
最も大切である「傾聴」と「承認」という基礎をはじめ、NLPをはじめとする様々なテクノロジーなども学びました。
そんな中、ある日のお父さんとの会話の中でこんなことが起こりました。
Hさん「お父さん、最近調子どうなの?」
父「…(ちょっと首をひねるだけ)」
Hさん「そっか…ところでお父さん、 若い頃いろんなことやってたよね。特に好きだったものは何かしら?」
父「そうだな、登山も好きだったし、 水泳も好きだったし…」
Hさん「特に最高だと思った瞬間は?」
父「ああ、また小さかったお前を連れて、 伊豆に海水浴に行ったときかなあ…」
(お父さんの表特が、どんどん変わっていきます。)
H さん「ヘー、そうなんだ。いつ頃のこと?」
父「お前が2つぐらいの時かなあ。浅瀬で浮き輪の中に入ったお前を 引っ張ってやった時、キャーキャー言ってすごく喜んでいた」
Hさん「私は全然覚えていないけど、お父さんに覚えていてもらってうれしいな」
父「…(ゆっくりと微笑む)」
Hさん「ねえ、お父さん、もし足がよくなったらどうしたい?」
父「そうだな… ○○ (3歳になるHさんの娘の名前) と手をつないで、キレイな海岸を一緒に散歩したいな」
Hさん 「どこの海岸がいい?」
父「ああ、昔お前を連れて行った下田の海岸」
Hさん 「どんな風景が目に浮かぶ?」
父「風景もいいけど、 ○○のはしゃく顔が見たいな。俺の手を引っ張るようにしながら」
Hさん「きっと見れるよ」
この後、お父さんは自分からリハビリの再開を施設に申し出て、少しずつはじめていったそうです。
そして、何と3か月後には、杖なしで歩けるまでに回復したのです。
さらに数か月後には、愛する娘孫と、下田の海岸を楽しそうに一緒に散歩するお父さんがいました。
それを眺めているHさんは、感慨無量だったと言います。
好ましい未来図が、行動へのナビゲーター
傾聴や承認を理解する前のHさんは、お父さんに対し、“べき論” で説得しようとしていました。
リハビリを拒否するお父さんにダメ出しし、「こうするべきだ」という口調で、何とか父親が変わってくれるのを期待しながら、話を続けていました。
お父さんとしては、娘からダメ出しされる情けない自分と、力溢れる若い頃の自分とのギャップに苦しみ、さらに殻を閉ざさざるを得なかった訳です。
一方、先の会話では、深い承認を基に、お父さんの可能性を信じるHさんがいました。
そして、お父さんの「快の感情」も高まっていきました。
その中で、お父さんを大きく変えるきっかけとなった資問が、「もし足がよくなったらどうしたい?」というものでした。
これはコーチングの中でも最も大事な「本当はどうしたい?」という質問です。
注目すべきは「通過点」の先
注目すべき点は、「足が良くなる」という前提の上に「どうしたい?」と聞いているところで、ここが今までのアプローチとは大きく異なる点です。
今までは、足がよくなるということが目標で相手を説得していました。
しかも、快の感情が伴わない“べき論”です。
もちろん、Hさんにしてみれば、お父さんのことを娘として真剣に考えて、一生懸命にやってきたことに変わりありません。
しかし、“べき論”のアプローチでは、お父さんは変わらないどころか、ますますガードを固める結果となってしまっていたのです。
この「もし足が良くなったらどうしたい?」の質問では、足が良くなることは、通過点に過ぎません。意識は、その先のやりたいことや、起こしたい未来にあります。
そして、それらをイメージしたときに起こる、ワクワクの感情や、快の感情で一杯になっています。
行動のメインエンジンは「本当はどうしたいのか?」
ただ単に、足が良くなって歩くことをイメージしているのと、可愛い孫娘と至福の時を過ごすことをイメージしているのとでは、お父さんの内発的モチベーションの火の付き方に圧倒的な違いがあります。
この違いが、お父さんをリハビリの再開に突き動かし、追過点である足の回復をいとも商単にやってのけたのです。
そして、お父さんの無限の可能性が、再び歩くことを可能にしたのです。
受験を迎える子どもに、「受かりたかったらしっかり勉強しなさい!」と言いたくなる気持ちを抑え、「受かったら何をしたい?」と 聞いてあげること。
「ビアノをしっかり練習しなさい!」と言うよりも、「この局が上手に弾けるようになったら、一番誰に聞かせたい?」と聞いてあげることなど、様々な面で応用が効くアプローチとなるでしょう。
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