デザイン思考に注目している企業は多いものの、実際にどのように取り入れたら良いか分からず頭を抱えている人は多い。組織のトップが「デザイン思考を取り入れてほしい」とは言うものの取り入れたら何がどんな風に変わるのだろうか。今回は、そんなデザイン思考を取り入れるために何から始めたら良いのかわからず困っている人に、その足がかりとなる3つの事例をご紹介する。
デザイン思考についておさらい
デザイン思考とは、デザインで用いられるプロセスを利用し、様々なビジネスの問題を解決する方法。そのプロセスとは、大まかに以下のような手順を指す。
- Emphasize ターゲットユーザーを設定し理解する(徹底観察&共感)
- Define ユーザー視点で、具体的なニーズを選定する
- Ideate ニーズ解決のためのアイディアをたくさん考える
- Prototype 選んだアイディアを元にプロトタイプを早いスピードで作る
- Test プロトタイプを元にユーザーに対してテストを行う
一般的にデザイン思考では、このプロセスを何度か繰り返すことで、新たな切り口から、適切な問題解決方法を見つける。デザイン思考とは、もともとアメリカのデザインコンサルティング会社、IDEOのTim Brown氏が提唱した概念で、2008年6月のハーバードビジネスレビューに彼の記事が掲載されたことから、一気に世界に広がった。
関連記事:デザイン思考入門 Part 1 – デザイン思考の4つの基本的な考え方
なぜデザイン思考?
デザイン思考がこれほどまでに注目されるのは、テクノロジーの進展による急速な社会的環境の変化の中、これまで常識とされてきた方法論や価値観が、新規ビジネスやサービスの展開に適用しきれなくなってきたことにある。つまり、これまでの常識を打ち破るようなイノベーションによって、新たな市場の在り方や顧客(ユーザー)の動きを作り出すことが企業に求められている。
これまでのイノベーションといえば、どれだけすごい技術を革新するかということに注目されがちで、使う人の目線は忘れられてしまうことが多かった。使う人と技術を結ぶという視点で、イノベーションを生み出す新たな方法として注目されたのがデザイン思考である。
アメリカの大組織でのデザイン思考実践例
1. PepsiCo (飲料/食品会社)
PepsiCoは1898年にPepsi-Colaとして設立し、1965年にポテトチップスやスナック菓子などを提供するFrito-Layと合併してから、飲料と食品を提供してきた会社で、26万人の社員を抱える大企業である。
世界中の人に触れてもらう、身近に感じてもらうデザインをすることでブランドの力を加速させていく。
PepsiCoは2012年にデザイン思考を会社に取り入れるべく、それまで3Mでチーフデザイナーを務めていたMauro Porciniを、史上初のチーフデザインオフィサー(CDO)として採用した。彼が参画してからのプロジェクトの例としては、ペプシオリジナル絵文字Pepsimojiの作成や、ユーザーが自分で複数のドリンクをミックスして自分好みのドリンクを作れるPEPSI SPIREというマシーン、スポーツ選手たちの水分補給をコントロールするデバイス付きドリンクボトルのシステムGaterade Personalized Hydrationなどが挙げられる。
躊躇せず、プロトタイプ作りをしてアイデアを流さない
彼が、入社して一番に気づいたことは「数え切れない数のプロジェクト案がビジネスチームによって却下され続けていること」だったという。そこで彼が真っ先に変えたことは、アイディアの良し悪しを議論する前に、アイディアのプロトタイプをどんどん作ることだった。
実際、Pepsimojiのプロジェクトのプロトタイピングをしている時に、エグゼクティブレベルでは、マーケティングプロジェクトの外部発注を別に進めていた。それにもかかわらずPorcini氏はプロトタイプを続行し、最終的には、デザインチームのアイディアでエグゼクティブレベルを納得させ、YESと言わせることに成功した。プロトタイプ作成に移る前に、案だけを見せて是非の議論をしていただけでは実現しなかったことである。
大事なのは、デザイン思考のプロセスによって、良いアイデアをボツにさせないことである。そして、ユーザー理解とそのニーズを元にアイデアを生み出すというプロセスが、消費者がより身近に感じるエクスペリエンス作りに貢献する。
生活に商品を取り込ませるために、消費者のより良い、より楽しい経験をデザインするのがPepsiCoのデザイン思考利用法だ。
2. The U.S. Veteran Affairs (アメリカ退役軍人サポート機関)
デザイン思考の利用は企業の枠にとどまらない。The U.S. Veteran Affairs (アメリカの退役軍人サポート機関)でも、軍人としての生活を終えた人たちの後の生活サポートサービスの向上を図るために活用されている。
他の企業等とは異なり、The U.S. Veteran Affairsは競争がないために、サービス向上をないがしろにしていた。これまでにも、退役軍人たちの意見を聞く調査は行ってきたが、それでは彼らが抱く不満や要望の本質まで掴むことができなかった。そこで、デザイン思考の手法の一つであり、エスノグラフィと呼ばれる人々の行動や生活の様式を観察して記録する社会学的な調査方法を用いることで、より複雑にニュアンス的な理解もできるようになった。これは、一人一人の生活スタイルや性格を知ることで、個々の意見とその奥に潜む経験や期待を繋げやすくなるからである。
ユーザーのライフスタイルや体験を個々のレベルで徹底分析
例えば彼らは、退役後のメンタルヘルスケアサービス向上のために、約70人へのマンツーマンインタビューをアメリカ各地で実施。うち65%は退役軍人、37%はその家族やThe U.S. Veteran Affairs の職員、残りはヘルスケアサービス提供者(精神科医やその他スタッフ)に向けて行った。
また、リサーチ対象者の生活を追って観察するエスノグラフィ調査や、それらの調査を元にペルソナ(調査対象者個人に特化したプロフィール)作成も行った。さらに、これら調査の結果を、彼らの経験のフェーズ別(従軍中、ターニングポイント、ヘルスケアを必要と感じて探し始めた時期、サービスを受けている時期)に分けて分析する、いわゆるカスタマージャーニーマップを作成した。ペルソナやカスタマージャーニーマップは、デザイン思考の手法としてとてもメジャーである。
この結果、The U.S. Veteran Affairs では、退役軍人たちがサービス利用をする際のプロセスが大変複雑で、多くの人が途中でサービスを受けることを断念してしまっていることや、サービスを受けられたとしても、毎回担当者が変わるために何度も同じ話を繰り返し説明することが求められることに参ってしまっていることなどが明らかになった。
デザイン思考の手法では、単なるアンケート調査からのデモグラフィーではなく、よりユーザー、ここでは退役軍人たちのライフスタイルやサービスエクスペリエンスに注目しているため、解決のための糸口が見つかりやすくなる。The U.S. Veteran Affairsは、調査の結果を元に、できる限りサービスを受けるまでのプロセスを短くできるように工夫し、さらにそれがどのようにユーザーのエクスペリエンスを変化させたか確認しながら、改善を繰り返している。
3. Kaiser Permanente (医療ケアサービスプロバイダー)
Kaiserは1945年に設立されたアメリカ最大規模の医療ケアグループで、38の総合病院を含む約660の医療関連機関を有し、そこで働いている医師は1万8千人以上, 看護師は5万人以上に上る(2015年のデータ)。ここでは、2003年よりデザイン思考を病院運営の向上のために取り入れられている。取り入れ方としては、使用されている医療機器のデザインから患者と医療従事者の関わり方まで幅が広い。
Kaiserが当初、デザイン思考を取り入れた理由は、看護師が患者と過ごす時間をより効率的にするというとてもシンプルなもの。KaiserはIDEO社にコンサルティングを依頼した。
決して語られることのないストーリーを解き明かす
まず、KaiserがIDEO社とともに始めたことは観察のプロフェッショナルを雇うことだった。その役を任されたのは、 McCarthy氏。彼は、一日中、病院内にいる人々を観察し、メモや写真、スケッチとありとあらゆる方法で状況を記録した。誰が、どこに、どのように立っていたのか。
どんな道具が、どのように使われているのか。使用者はそれらを容易に運ぶことができているか、もし運べないのなら、どのような姿勢で使っているのか。また彼は、看護師らがどのような気持ちで働いているのかについても記録した。
単にダイレクトに、何か問題はないかと尋ねても、看護師らは「大丈夫」と答えがちである。そのため、彼は質問の仕方を少し工夫した。例えば、以下がその会話の例だ。
McCarthy ー 「どうして今日は髪型が崩れていて、そんなに笑顔が少ないの?」
看護師 ー 「長時間労働なの、仕事はいつもカオスよ。とても複雑な仕事でアシスタントも欲しいくらいなのに、患者さんから声をかけられたり、緊急事態も日常茶飯事だから、中断せざるを得ないことばかり。」
ストーリーをアイデアに、そして現実に
観察記録はたいていの場合、Health Care Innovation Centerに持ちこまれ、関係者らがアイディア出しを行う。ひとつの医療ミスを減らすために2日間で考え出されたアイディアの数は400以上になることもある。その後、Health Care Innovation Centerの医師や看護師、さらには、患者もいる中でアイデアを実際に試走させる。
例えば、このプロセスを経て生まれたのが「‘Leave me alone’ (声をかけないで)スモック」。普段のナース服ではなく、特別なスモックを着ることで、看護師たちが時に誰からも声をかけられずに仕事がしたいというニーズを解決した。
また、薬の使用ミスを避けるために作られたのが「聖域ゾーン」。これまでに経験を積んだ関係者のみが入れる薬品庫のゾーンを作ることで、経験の浅い医療関係者が重大な医療ミスを引き起こすことを防いだ。
当初は、看護師らの労働時間の効率化を図ることが目的であったこの取り組みだが、Kaiserは結果的に、約1年間で医療ミスによるコストを96万ドルも削減することに成功した。ちなみにこのプロジェクトを行うのにかけた費用は47万ドルで、2007年から2008年までにグループ病院の75%にデザイン思考のプロセスを取り入れた。
しかし実際のところ、このデザイン思考導入のインパクトは、数字よりも、働きやすさの実現、看護師らのストレスの軽減のほうが大きいと言えるかもしれない。
絶対に、誰も理解してくれないと思っていた。でも、仕事の大変さを聞き出してくれ、それを元に改善を図ってくれた。涙が出るほど嬉しい。
まとめ
以上のように、デザイン思考は、企業のマーケティング戦略から、政府関連機関のサービス改善、さらには病院などでの人の関わり方といった場面まで幅広く利用されていることがわかる。
これら3つの例はごく一部だが、どれもユーザーを様々な角度から理解しようと努力すること、そして実際にアイデアを動かしてみるプロトタイプのフェーズを非常に大切にしている。
今回紹介した例は、どれもアメリカ国内のものだ。しかし、その導入背景は、「新しいアイデアがなかなか上層部に響かない」、「民間でないがためにないがしろにしてしまった利用者サービス」、「状況をシェアしきれていないがために起こってしまう仕事のしづらさ」など、日本における問題と重なるところが多くあったのではなかろうか?
これらを解決したのが、早い時期でのプロトタイプ作成やユーザー理解、綿密な職場観察だとしたら、意外にもデザイン思考は気軽に取り入れられるものなのかもしれない。
筆者:Yu Namie