脳神経外科医として、これまで1万人以上の脳の病気の患者さんたちを診てきた築山節先生が、いつ始めても遅くない、正しい脳の健康方法をご紹介。生命の中枢を担う脳幹、感情の中枢を担う大脳辺縁系、理性の中枢を担う大脳新皮質の3つを守ることで、何歳になっても脳を若返らせることができます。
脳幹を守る5つのルール
朝起きて、自分で食事をとり、トイレにも自力で行くことができる。健康で幸せな最小限の生活を続けるためにいちばん大切なことが脳幹を守ること。
【脳幹:生命の中枢】
眠りと覚醒、心臓、呼吸、自律神経などの中枢があります。ここが正しく機能しないと、人は生存することさえ難しくなるのです。この層に負荷をかけないことが、脳を守る第一歩。 脳幹は、樹木にたとえると根の部分にあたります。呼吸、心臓、自律神経の中枢があり、生命維持に関わる重要なものなのです。この根っこの部分=脳幹が環境に適応できなければ、大脳辺縁系、大脳新皮質は枯れてしまいます。そのため、脳幹を守ること=機能を正常に保つことが、とても大事になってきます。以下、脳幹を守るための5つのルールを見ていきましょう。
1:睡眠を確保する
最近の調査で、睡眠を6~7時間台に維持している人は、糖尿病や高血圧の発症リスクが少ないと報告されています。睡眠時間は人それぞれですが、年齢に応じた質のいい睡眠を確保するようにしましょう。睡眠時間は身体を休めるだけでなく、脳の整理も行われる貴重な時間です。そして、毎朝、決まった時間に起きることが大切です。朝の太陽の光は、体内時計をきちんとリセットしてくれます。
2:体温を一定に保つ
脳幹は自律神経の中枢。夏の熱中症や冬の低体温症は、体温を調節している自律神経に異常が起こることで生じます。高齢になると神経が鈍くなり、自前での体温維持が難しくなる。そうなると脳幹の機能低下が起こってきます。天気予報で毎日の温度変化をチェックして、体温を一定に保つようにしましょう。
3:水分補給を怠らない
人は年をとると、水分をたくさんためることができません。いわば容量が少ない、浅いプールのようなもの。そのため、規則的に水分を補給することが大事になります。体調不良で担ぎ込まれる高齢の患者さんの中には、点滴で水分を補給されただけで元気に回復する例が多いのです。自分の感覚だけを信じずに、こまめに水分をとりましょう。
4:毎日、8000歩を歩く
足を担当する神経細胞は頭のてっぺんにあります。足を動かすと血液は頭のいちばん上に送られるので、結果として脳全体に血液が行き渡るのです。特に朝のウォーキングなどは、脳機能を動かす準備運動に最適。毎日8000歩を目標に歩きましょう。
5:太らずに体重を一定に保つ
一定した体重は脳幹を守ります。毎朝、体重をモニターし、自分の体重の目安になるよう、食事と運動内容を調節しましょう。肥満の人は、若いときと同じような食事をしているから。自分の体質の変化を理解して、年齢に合った食事習慣をつくりあげてください。
脳幹を守るとは、「負荷をかけない」ことです。よく寝て、決まった時間に起きる。水分を補給し、からだの活動を維持する。一定の体重と体温を保つ。当たり前のことですが、これらができていれば、身体の環境は安定し、神経の根も一定の状態を維持することができるのです。
大脳辺縁系を守る6つのルール
脳幹を守れるようになったら、次は大脳辺縁系の扱い方。脳がコントロールされているか、されていないかは、第2層の欲望と感情が制御できているかで決まります。
【大脳辺縁系:感情の中枢】
脳機能は、第1層から順に立ち上がっていきます。感情(第2層)は理性(第3層)より下位にありますが、お互いに通信しあうことで適切にコントロールされます。第2層では、ものごとに対する意欲や喜怒哀楽といった精神的なエネルギーを生み出しますが、その手綱を握るのは、第3層の理性です。
大脳辺縁系は“感情”と“欲望”をつかさどる中枢です。食欲や、やる気など、自分を突き動かし牽引してくれる感情エネルギーの源なのです。ふだんは、理性をつかさどる大脳新皮質と通信し合うことで適切にコントロールされていますが、過剰に興奮してしまうと大脳新皮質は機能を停止してしまいます。そうならないよう大脳辺縁系の手綱をしっかりと握りましょう。
6:喜怒哀楽を少なく、やわらかな心を持つ
自分のプライドやこだわりを捨てて、一歩下がって自分を見つめましょう。穏やかな心で社会に参加し続けることは、一生、脳を枯れさせないための重大な留意事項です。
7:人間関係を5人以上もつ
定年によって人間関係にも変化が訪れます。しかし、意識して社会とのつながりを見直し、新たな関係を結んでいくことが大切です。夫婦2人の場合、まずは互いのパートナーがいます。あとの4人は? 趣味の仲間や親戚との付き合いもいいでしょう。また、新たな職場や地域の活動などで自分が関わるフィールドを広げてください。ペットとのコミュニケーションも新しい人間関係につながるかもしれません。
8:暴走のきっかけ自体を絶つ
誰でも突然、理性が失われ、暴走する可能性を持っています。例えば、酔っぱらい。アルコールのせいで前頭葉(大脳新皮質の一部)が麻痺して機能不全が起きるため、暴走してしまうのです。原因を作らないように中年以降は、アルコールやタバコの依存症、暴飲暴食に注意してください。
9:ストレスをため込まない
脳が感じた感情は、常にエネルギーとして外に出しておきたいもの。しかし、実際の社会生活において、怒りや悲しみなど、我慢しなければならないことはたくさんあります。手軽な解消法として、好きな香りを嗅ぐ、音楽を聴くなど、ストレス軽減につながる手段をなるべくたくさん持つことをオススメします。
10:前頭葉を活性化させる
大脳辺縁系の偏桃体(好き嫌いなどに関わる部分)の異常興奮は、前頭葉を活性化することで抑えることができることがわかっています。活性方法としては「今、この場だけを感じる」トレーニングが有効です。瞑想や座禅、マインドフルネスなどを行うと情報が整理され、脳がすっきりします。
11:時間軸のノートをつける
ストレスから、うつ病や自律神経失調症になると、時間をつかさどる海馬の記憶力が低下することがあります。時間軸記憶の助けになるよう、年表や時間割、日記をつけてみてください。海馬が活性するだけでなく、抱えているストレスの原因を冷静に理解できるようにもなります。
定年をきっかけに認知症のリスクが高くなる理由のひとつに、組織を離れると、“感情を抑えなければいけない”という社会的な枠組みからはずれてしまうことが挙げられます。大脳辺縁系を上手にコントロールして、社会生活に参加し続けましょう。
大脳新皮質を守る6つのルール
脳幹に負荷をかけず、大脳辺縁系の暴走を抑える。2つの層を整えたうえで、次は、身体の内側と外側からやってくる、いろいろな情報を選択・判断・系列化して処理する“思考”を育てていきます。
【大脳新皮質:理性の中枢】
大脳新皮質の中でも前頭葉は、複雑で高度な認知機能を発揮する、いわば脳の最高司令官。しかし、生まれてすぐに大人のような脳機能をもつわけではありません。20年前後の歳月を経て完成され、大人らしい理性をたもてるようになります。
大脳新皮質は理性の中枢です。特に前頭葉は、複雑で高度な認知機能を発揮する、いわば脳の最高司令官。しかし、間違った取り扱い方をしていると、やがて前頭葉の衰退を招くことになります。正しい取り扱い方を知って、しっかりと実践していきましょう!
12:脳の仕事量を把握して、きちんと休ませる
疲労が蓄積すると“イライラ”“気まぐれ”“無関心・無反応”“動きが鈍い”などの兆候が出てきます。これはとても危険なシグナルです。前頭葉にベストパフォーマンスをさせるためには脳を休ませてください。徹夜や働きすぎは禁物。
13:頭を使うには入力だけでなく“出力”まで行う
休ませた後、使うことも重要です。“出力(アウトプット)”まで行って、初めて前頭葉を使ったことになります。例えば新聞記事を読むだけでは使ったことになりません。音読したり、記事を写したり、誰かに伝えたりと、目・耳・口・手足を動かして“出力”することが大切です。
14:常に変化を入れて、前頭葉の対応力を鍛える
脳は楽な状況にいると、いつまでもこのままでいたいと思ってしまう=“状況依存性”に陥ります。この依存性は、ふだんから小さな変化を脳に対応させることで克服できます。生活を全く変えず、克服を怠ると、脳は次第に硬直化してしまいますよ。特に40代以降は、変化への対応力を育てるように意識してください。
15:感情を制御する習慣を持つ
感情的な反応は動物的な防衛反応で、必ずしも悪いことではありません。しかし、社会生活の中で感情の波のままに動くと、人と衝突し、それが後々の行動や活動の障害となることがあります。感情的になって興奮したときは、他人ならばどうするかを考える、という習慣をつけておくとよいでしょう。
16:1日2回の思考力ピークを逃さない
大脳新皮質が最高の状態になるのは午前の終わりと午後の終わりと考えられます。この最高の思考のチャンスを無駄にしないことが大事です。
17:転職力を鍛えて、いつまでも仕事を辞めない
いつまでも冴えた脳でいたいと思うなら、常に何らかの仕事に関わっている必要があります。辞めてしまうような状況になると、脳の力は一気に低下します。ですから、仕事を辞めなければならないときは、その前から、現在の仕事にかわるものの準備をしてください。いまは、ひとつの仕事だけで一生を終える時代ではありません。
大脳新皮質はとても複雑なので、ひと言ではいえませんが、あえてまとめるなら「新しい世界を開き続けること」が適切な取り扱い方となります。脳は変化に気づくと働くようになります。脳を正しく有効に動かし続けている世界に認知症はありません。常に変化を取り入れ、脳を働かせ続けましょう。生涯、成長していくのが大脳新皮質の本質なのですから。
日本大学大学院医学研究科卒業。医学博士。公益財団法人河野臨牀医学研究所附属北品川クリニック所長。脳神経外科の専門医として数多くの診療治療にたずさわり、’92年、脳疾患後の脳機能回復をはかる「高次脳機能外来」を開設。著書に57万部のベストセラー『脳が冴える15の習慣―記憶・集中・思考力を高める』や最新刊『定年認知症にならない脳が冴える新17の習慣』など多数。
当記事は「週刊女性PRIME」(運営:主婦と生活社)の提供記