「以前と比べて、離職する人が増えてきた……」
「メンタル不調による休職や退職への歯止めが効かない」
採用は難しく、離職は容易になった「売り手市場」の現在、多くの会社は「人がいないこと」に悩みを抱えています。
そんな状況を多く見てきた経営コンサルタント・産業医の上村紀夫氏は、組織に人が定着しない原因が「マイナス感情の蓄積」にあるといいます。それではなぜ、マイナス感情は生まれてくるのでしょうか?
働く理由=労働価値は人それぞれ
感情は価値観に大きく左右されます。この価値観、特に「労働」への価値観について掘り下げていきましょう。
突然の質問ですが、「あなたは仕事に何を求めていますか? 」「あなたが働く理由はなんですか? 」こう聞かれたときに、「お金」と答える人もいれば、「誰かの役に立てること」と答える人もいるでしょう。
この、仕事をするうえで会社に求めるもの、働く理由、大切にしたいこと、これこそが労働価値といわれるものです。ちなみにこの記事では「労働価値」と呼びますが、「労働価値観」と表現している研究もあります。
どのような労働価値をもっているかによって、仕事に関するさまざまな事象に対し、プラス感情を抱くか、マイナス感情を抱くかが変わってきます。
14の労働価値とは
では、労働価値にはどんなものがあるのか具体的に考えてみましょう。
有名な例として、米国の心理学者でキャリア研究者でもあるドナルド・E・スーパーの 『14の労働価値』(仕事の重要性研究、Work Important Study)を上の図にまとめました。時代によって労働価値は変わることから、この14の労働価値が現代にピッタリと当てはまるかはわかりませんが、あなたが大切にしている労働価値に近いものはあったのではないでしょうか。
余談ですが、私は14の労働価値でいうと、「愛他性」「達成」「社会的交流性」を重要視しています。多くの会社や従業員と接点をもって学ばせていただき、そこで得た知識や経験を他者へ還元することで、最終的に活き活きと働く人を増やすこと。これが私の労働価値です。
なお、この14の労働価値は、実際にマイナス感情を取り除くための施策に取り入れるにはやや抽象度が高いため、「労働価値が人それぞれであることを理解していただくための一例」とお考えください。
時代で変わる労働価値
労働価値は人それぞれとお話しましたが、では、個々人がもつ労働価値は一生同じでしょうか? もし労働価値が何らかの理由で変化するとしたら、どんな影響を受けるのか掘り下げていきましょう。
労働価値はつねに変化していきます。スピードが速く、いつ何が起きるかわからない現代において、日本社会のみならず世界を視野に入れたときには、特に意識が必要です。注意深く現状を把握していかなければ、間違った施策の選択につながりかねません。
労働価値の変化の仕方には、マクロシフトとミクロシフトの2種類があります。
◉ マクロシフト:社会情勢によって起こる大きな労働価値の変化
◉ ミクロシフト:個人の局所的要因による労働価値の変化
マクロシフトは、社会情勢による大きな労働価値の変化です。 労働人口減少、産業シフト、外国人労働者、働き方改革、AI や RPA なども要因となります。会社側の要因として、日本型家族的経営の減少、在宅勤務導入などもあるでしょう。そのほかバブル、リーマンショック、就職氷河期など、時代の変化が影響してきます。
加えて、生活スタイル要因として核家族化、少子化といった日常の変化があります。
労働価値の世代間ギャップとは
世代間価値観のギャップも時代による労働価値変化の一つです。 「昭和世代の考え」とか「平成世代の考え」といった言い方や、「バブル世代」「ミレニアム世代」などと私たちは頻繁に使っていますが、そこには世代による労働価値の違いが隠されています。
「最近の若手は……」なんてつい思ったりしていませんか? あるいは、「今どきはこうでしょう」と、つい古い考えに抵抗感を覚えていませんか? 私たちは生まれ てからこれまでの人生経験を通じて、自分のモノサシを持っており、自分の中でできあが った価値観に応じて物事を捉えています。
例えば団塊の世代と言われる層は、生きていくためにどのようにして多くの金銭的報酬を得るかにこだわり、その結果として得られたモノ(家や車、アクセサリーなど)や食事を得ることを誇りに思う、という時代でした。つまり多くの社員が「経済的報酬」を労働価値として優先していたということになります。
その一方、最近は豊かになった影響で、生きるために稼ぐという感覚は薄らいできました。マズローの欲求階層説で言うところの生理的欲求や安全欲求が満たされた結果、金銭的報酬を過度に追い求める必要がなくなり、みんなに認めてもらいたい、自分の成長につなげたい、という承認欲求や自己実現欲求など高次元の欲求を満たそうとする人が増えています。
そのことによって、労働価値が「経済的報酬」に偏っていた時代から、個々人によって労働価値が異なる時代へと変わってきました。
労働価値に優劣はなく、マクロの視点に立ったとき、時代とともに変化していく不変の物体と捉えることができます。だからこそ、「自分たちが若いころは違っていたよね」と話をしたところで、変化は止められません。
自分が生きてきた時代の労働価値が、時代とともに変わっていることに気づくだけでも、他者の考え方や行動に対して、疑問やいら立ちを持つことが大幅に減ります。
個人で変わる労働価値
ミクロシフトは、個人の局所的要因による労働価値の変化です。
例えば、その人のキャリア段階によって労働価値も変わります。入社したてのころを思い返してみましょう。「成長したい」「早く業務を覚えたい」「社会貢献がしたい」……入社したてのころは比較的「成長」や「学習できる機会」を重視している方が多いのではないでしょうか。
3年目になるとどうでしょうか。ある程度仕事が回せるようになったことで、「多くの成果を上げたい」「給与を上げたい」など「業務への達成感」や、「報酬」、「キャリア構築」への欲求が高まっているのではないでしょうか。
さらに、数年後、マネジャーになるとどうでしょうか。自分の成長や報酬への欲求はひと段落し、「育成」「働きやすい環境」を重視するようになっているのではないでしょうか。
労働価値は、本人の健康状態、身体的・精神的コンディション、生活環境によっても変化していきます。中でも生活環境の変化は労働価値への影響が大きく、例えば介護、出産、育児など個人に影響する要素はいくつもあります。
個人の場合、生活環境の変化に応じて、仕事とプライベートの重要比率に変化が生じてきます。それが一時的なときもあれば、より大きく変化することもあります。
顕著な例としては、産休・育休からの復帰があります。産休、育休によるミクロシフトは、個人にとっても、会社にとっても大きなインパクトをもっています。 産休・育休に入る前は、「プライベートよりも仕事を優先したい、バリバリ働いて成長したい」と考えていた人でも、いざ子供ができて家族が増えることによって、「労働時間を調整しやすい職場で働きたい」と考えが変わることもあります。
労働価値のシフトに気をつける
このように、同じ人でも、状況の変化によって労働価値が大きくシフトしていくことがあります。その人自体が変わっているのではなく、状況によって大切にしたいもの、求めるものが自然に変わっていくのです。
だからこそ、会社側で「若手が求めていることは〇〇に違いない」とか「入社5年目はこうあるべきだ」などと簡単に決めつけ、施策を行うことは危険です。人それぞれ労働価値が異なり、しかも変化するという前提を把握せず、施策ばかりを追いかけると空ぶるというのはこういった理由があります。
社会情勢や時代の変化による大きな労働価値変化「マクロシフト」、個人の局所的要因による労働価値変化「ミクロシフト」、この2種類によって、労働価値は変わっていきます。 変化する労働価値に会社側が追いつけなかったとき、社員とのギャップは一気に深くなっていくでしょう。社員の労働価値に対する無関心、その変化に対する無関心は、やがて経営に大きなインパクトをもたらすのです。
「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?(著:上村 紀夫)より
『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』 (クロスメディア・パブリッシング) |