禅の基本である「坐禅」を生活の一部に取り入れるための、具体的な作法をお伝えします。
すでに各地で開かれている「坐禅会」に参加されている方もおられるかもしれません。逆に、「坐禅会」という言葉が示すように、坐禅とはお寺に行ってするもの、と考えている方もいるでしょう。「坐禅会」のイメージは、「非日常的」かもしれません。
もちろん、非日常的な坐禅会でも、坐禅に触れるきっかけにはなります。そして作法を学ぶきっかけにもなるでしょう。しかし、非日常を非日常のままにしていては、坐禅の要目を見誤ってしまうことになります。 大事なことは、坐禅会という非日常を、日常にすることです。 日常にできなければいつまで経っても、「禅が伝授する集中」は心もとないままになります。
「日常にする」上での3つのポイントを挙げておきましょう。
❶空間を整える
❷時間を整える
❸身体を整える
いきなり「悟り」や「無心」を目標にすることは無理難題になってしまいますが、「整える」は誰にでも、心がけさえすればできることです(ちなみに禅では「整える」を「調える」と書きます)。 その中でも、❶「空間」、❷「時間」を整えることは、よく言われていることです。
❶「空間を整える」は、いわゆる整理整頓。仕事場(机)の整理整頓は言わずもがな。玄関や台所(冷蔵庫)や寝室、トイレ……。しまえるものが出しっ放しになっていませんか? スリッパや靴がバラバラに乱れていないですか? 「アレが必要!」となった時に「あれ? アレはどこだっけ?」となる状態は、集中するにあたり最大の障害の一つになります。
❷「時間を整える」は、すでにカウンセラーや医師たちからたくさんの助言が出されています。 「立ち止まる時間」「休憩」「余暇」など、スケジュールに適度な余白を作るように意識することが大切です。もちろん、仕事じゃなければいいんだ、とばかりに趣味で埋め尽くすこともノーグッドです。
❸「身体を整える」についてですが、「集中力」は「身体」を抜きには語れません。身体があるから私たちは疲れるし、飽きもします。
集中のカギは、自分の身体について知ること

私たちは機械ではありませんから、疲労も退屈も当然経験します。しかし他方で、私たちは身体的な存在だからこそ、「集中」できるのです。だからこそ、「集中力」をモノにしたいのなら、自分の身体について知らないといけません。
念のためにつけ足しますが、知るべきは「自分の身体」であって、生物学的な身体ではありません。身体はいかにも不自由なものです。 首も手も足も、あらゆるところに限界がありますし、どこもかしこも、しかるべきところにしか動けません。
「身体を整える」とは、この限界に素直になること「身体に素直であること」とも言い換えられます。自分に最適な「集中」は身体が教えてくれます。
「身体を意識する」のではなく「身体に素直になる」ことが重要です。歩行の動作を意識した途端に、動きがぎこちなくなる。これが意識の作用。ぎこちなくなるのは、頭脳を身体に優先させてしまっているからです。
身体に素直になることは、身体を頭脳に優先させること。かっこつけようとせず、切り取られた型ではなく、形に沿うことなのです。
言葉にすると難しく感じるかもしれませんが、実践あるのみです。今、あなたの座る姿勢、あなたの歩く姿勢はどうですか? そういった普段からよくする動作から見つめ直してみましょう。気づくことがあったら、適宜修正していけばいいのです。
『ZEN、集中、マインドフルネス』(著:大竹 稽)より
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